研究概要

統合失調症、気分障害、自閉スペクトラム症等の精神神経疾患(神経発達障害含む)は、いずれもありふれた疾患で、かつ患者さんやそのご家族の人生に大きな影響を与えうるものです。しかしながら、その根本的原因は未解明であり、現代においても「精神病理学」は、責任臓器の病的変化ではなく、精神症状の観察・記述とその解釈に依拠します(また、概してその方が実利的であるというのが現状です)。一方、近年の分子生物学、分子遺伝学、コンピュータ科学等の著しい発展に伴い、精神神経疾患の「病理」を分子レベル、DNA配列一塩基レベルの解像度で探索することが可能になってきています。私達の研究室では、最新鋭のテクノロジーを駆使して、精神神経疾患の分子病理を解明し、その「病理学」を再定義するとともに、疾患メカニズムの理解に基づいてデザインされた診断・治療・予防法を開発することを目指します。

具体的な研究戦略

1.患者さんの脳を調べる

精神神経疾患の病理を解明する上で、その責任臓器と考えられる脳を調べるというのは、最もstraightforwardな方法論でしょう。ヒト脳組織にアクセスすることは容易ではありませんが、国内外の臨床医、ブレインバンク等と連携を図りながら、一細胞解析、マルチオミクス、DNA配列データとの統合解析等を含めた、最新鋭の分子生物学・バイオインフォマティクス研究を行っていきます(関連論文;Takata et al., Nature Communications 2017)。

2.脳の設計図を調べる

上述のように、ヒト脳組織にアクセスすること容易ではありません。一方、その設計図であるDNAの配列は、比較的アクセスが容易な末梢組織と脳細胞の間でほとんど違いはないと考えられます。また、多くの精神神経疾患の発症リスクには、遺伝要因が関与することが知られています。そのため、末梢組織由来のDNAを解析し、統計学的に検討を行うことで、疾患リスクに関与する遺伝要因を特定することが可能です。私達の研究室では特に、後述の疾患モデル動物作製に直結する、稀で効果が大きい(疾患リスクを10倍以上高めるような)変異に着目した研究を行っています(関連論文;Takata et al., Neuron 2014、Takata et al., Neuron 2016、Kataoka, Matoba et al., Molecular Psychiatry 2016、Takata et al., Cell Reports 2018)。また、複数だが限られた数の変異が表現型に関与する「オリゴジェニックな遺伝形式」に基づいた解析も積極的に推進しています(関連論文;Takata et al., Nature Communications 2019)。特定の遺伝子・変異と疾患の関連を明らかにするだけでなく、近年発展が著しい人工知能などを活用した統合的解析を行い、病態解明・リスク予測への貢献を目指します(関連論文;Takata et al;, Med 2021)。これらの研究を十分な検出力を持って実施するために、公的データ(dbGaP、SFARI等)を積極的に利活用するとともに、自身もコミュニティに貢献していきます。

3.疾患モデルの脳を調べる

精神神経疾患のリスクを大きく高める変異が同定されれば、その変異を有する動物や細胞を作製し解析することで、変異がモデルの脳に及ぼす生物学的影響を調べることができます。また、こういった疾患モデルで観察される表現型を予防・改善するための介入法についても検討を行うことができます。私達は以前、ヒストンメチル化酵素の触媒サブユニットをコードするSETD1Aの機能喪失変異が、統合失調症の大きなリスクとなることを同定しました。この結果は、より大規模な研究で再現されており(https://schema.broadinstitute.org/)、目下のところ、SETD1Aは、最も確実な統合失調症感受性単一遺伝子と考えられています。私達の研究チームでは、コロンビア大学との共同研究で行ったSetd1a KOマウスの解析を発展させるとともに、他の確実な疾患感受性遺伝子(特にクロマチン修飾関連遺伝子)についても解析を進め、モデル間に共通する「脳病理」を同定することを目指します(関連論文;Mukai et al., Neuron 2019)。また、そもそも論として、げっ歯類でヒトの精神神経疾患のモデリングを行うことが可能なのか?という疑問があることは否めなせん。このlimitationを克服しうる戦略として、霊長類モデルを作出することも視野に入れ、研究を推進していきます。

4.上の1-3の研究では見落としているものを調べる

「1. 患者さんの脳を調べる」の項では、精神神経疾患の責任臓器と「考えられる」脳、と記しました。しかしながら近年の研究では、脳と他の臓器・システムの連関が、脳の病気や行動に影響を及ぼすことを示すデータが蓄積されています。さらに、「2. 脳の設計図を調べる」の項では、末梢組織と脳細胞の間でDNA配列に「ほとんど違いはない」と記しましたが、ごく一部違う部分、すなわち体細胞変異が存在します。こういった、一般的な脳とゲノムの研究では見逃してしまうような現象についても考察を深めていきます。


☆上記の研究を実施する上で、以下のようなものを研究室で提供することができます。

  • 数万人分以上の全ゲノム・エクソーム解析に対応するため、高性能・大容量のオンプレミス計算機を研究室内に導入しています(詳細はお問い合わせ下さい)。
  • 理研和光キャンパスには、いわゆるスーパーコンピューティングシステム(HOKUSAI: http://accc.riken.jp/supercom/overview/)があり、こちらも積極的に利活用していく予定です(HOKUSAI SailingShipという新しいシステムもトライアル運用が開始されており、さらに環境は充実する予定です)。
  • dbGaP、SFARI、MSSNG、DDD study、PsychENCODE等の公開シーケンスデータを積極的にダウンロードして上述のシステムに入れます(もしくはクラウド上で解析できるようにします)。何かアイディアが浮かんだら、すぐに解析できるようにしておきます。
  • 国内外の共同研究の中で、多数の罹患者/対照者由来のDNA/組織サンプルやシーケンスデータを利用することが可能です(詳細はお問い合わせ下さい)。
  • シングルセルRNA-seqを含めた様々な解析を、CBS内の研究基盤開発部門(RRD)で行うことができます。
  • 分子細胞生物学実験を行うための一通りの機器・設備を揃えています。シーケンスは外注や共同研究で実施することが多くなると思います。
  • 動物モデル解析のやりやすさもCBSの強みです。これまでの私自身の研究はHuman Geneticsが中心ですが、動物モデル研究は研究室の大きな柱の一つとする予定です。
  • 世界中で誰も知らないことを明らかにする興奮。
  • 責任を伴う自由。